
| この項目は、ライトノベル作法研究所にて、巴さんの質問『ジャンルの
境』に、ワタクシTriple-Iが回答したものに、さらに加筆訂正を加えたものです。ログを流してしまうのはもったいないような気がするので、リ
ニューアルを機に、ここに置いておくことにしました。 件の巴さんの質問の趣旨は、友人に「伝奇小説」と「ファンタジー」の違いを問わ れ、その点を上手く答えられなかったから、伝奇小説というものについて教えて欲しいというものでした。しかし、質問への回答は「西洋風伝奇 がファンタジーで、東洋風のファンタジーが伝奇として扱われる」とか、「自分が伝奇小説だと思えば、伝奇小説だと思っていい」だのというような、完全に間 違った解釈による回答しか出されておらず、これは少々危ない兆候だと思って、この質問に口をだしてしまった、というわけです。 まず、最初に前提として言っておきますと、 伝奇小 説とファンタジー小 説 は、全く違うものです。 似て非なるもの、どころか、その内容を分析した場合、類似点など殆ど見つかりません。しかし、作品として出来上がった場合、二つはかなり似通った雰囲気 になりますし、また、歴史 的事実や伝承、伝説などの類に相当詳しくなければ、ファンタジーと伝奇小説の違いというのは見えてこないものなので、ある意味では、こう 言った錯誤は仕方の無いことであるとい えます。さらに言うなら近年では、ファンタジーと伝奇を融合させたような作品が多く見られ、また、出版社の都合で、ファンタジーを伝奇小説という事もある (かつては、大人向けの小説でファンタジーと銘打つと、全く売れなかった) ので、非常にややこしくなっていると言えます。 よく出てくる誤解の最たるものが『西洋風伝奇小説=ファンタジー』で、『東洋風(和風)ファンタジー=伝奇小説』というふうな、モチーフとなる(舞台となる)地域によって違う論です が、これは、完全な間違いです。 幾つか、作品の具体例を出して説明します。 篠田真由美『龍の黙示録』は、イエス・キリストの血を受けた吸血鬼が、その血を狙う妖魔の軍団と戦うという話で、これは、明らかに西洋の伝承や伝 説をモチーフにした伝奇小説です。さらに言うなら、この原稿を書いている時点での、シリーズ最新作「聖なる血」は、エジプト神話を元にして書かれていま す。 高橋克彦『竜の柩』は、日本からトルコ、中東の神話にまでレンジを広げた、洋の東西など関係の無い作品で、さらには SF的な要素まで含んでいます。さらに言うなら、この作品には、ライト系ファンタジーや伝奇バイオレンス作品などにあるようなアクションシーンも、殆どあ りませんし、無論、術だの刀だのと言った話もありません。 逆に言うなら、小野不由美『十二国記』シリーズは、中華風の世界観ですが、これは明らかにファンタジーです。他にも幾つか、中華風の世界観を持ったファ ンタジー作品は存在するはずです。 ついでに言っておくと、ファンタジー=剣と妖術(本来、『剣と魔法』の翻訳はこち らが正しい)というのも、良く誤解されやすい間違いです。今野緒雪『ス ピリッシュ!』は、西洋風のファンタジーですが、剣も妖術も一切出てきません。どちらかといえば、全編謎解きやその解決方法などに彩られた、ファンタジッ ク・ソフトミステリーとでも言うような作品です。 では実際の、伝奇小説とファンタジーの違いは、一体何なのでしょうか? 先に『歴史 的事実や伝承、伝説などの類に相当詳しくなければ、ファンタジーと伝奇小説の違いというのは見えてこないもの』という風に書きました。 ちょっと話は外れますが、伝奇小説という言葉を、分解して読んでみましょう。 『奇』なるものを『伝』える小説、或いは、『伝』えられる『奇』なるものを描いた小説という風に解釈できるはずです。 これを極めて狭義に解釈すると、『伝奇』はホラー的要素を多分に含む小説となります。ですが、『奇』なるものとは言っても、必ずしも『奇=恐怖』ではあ りません。『奇』には幻想的なものもあれば、学術的なものもあり、また、個人の資質によっても『奇』の基準は様々でしょう。 そして、現在の傾向では、その『奇』を伝えるのに最も解りやすいのが『神話、伝承、歴史』が最重要視されます。 簡単にまとめて 言いますと、伝奇小説とは 神話、歴史、伝承などを中核にして描かれる物語であると言う事です。 という事は、伝奇小説の場合、『異世界伝奇小説』なるものは存在できないわけです。常に舞台は現代あるいは、その過去と未来でしか、伝奇小説は存在でき ないものなのです。 それに対してファンタジーは、こう言った神話や歴史、伝承などを作品に盛り込む必要はありません。 ぶっちゃけ言ってしまうとファンタジーの場合、作者が100パーセント作った世界観でOKです。ただ、それをやると相当な労力が要るため、また、読者の 想像力の限界もありますので、何らかの世界観を借りているだけに過ぎないのです。 ここで、誤解を招かないように言っておかなければならないのは、どっちが楽でどっちが苦労するか、とか、どっ ちが面白くてどっちが面白くないか、という 問題ではありません。それはすべて、個人の好みや感性の問題です。 ファンタジーは世界観のすべてを自分で創造しなければならない分、世界観の作りこ み(プロットの設定)を、相当高度に行わなければなりませんし、伝奇小 説の場合は、伝説や伝承、歴史的事実などが深く絡んでくるため、精度の高いものを書 こうと思ったら、資料集めが凄まじく大変です(教科書に載っていないよ うな裏面史や郷土史、果てはトンデモ史観などにも通じなければならないので)。労力という意味では、どちらも相当(別の意味で)苦労します。 面白い、面白くないにしても、作者の力量や資質に依存しますから、そう言った点を論議するのは、明らかな間違いです。最終的には個人の好みと言う事で落 ち着く でしょう。 ちなみに僕は、どちらも面白い作品なら、好き嫌い無く読んでいます。ただ、個人的な感想と言う事なら、ライト系ではファンタジー、大人向けでは伝奇のほ うが、面白いものは多いかな、というところはありますが……。 という事で、ファンタジーと伝奇小説は、完全に違うジャンルなのだと区切ることが出来ます。 ただ、この点で留意しておきたいのは、伝奇小説とファンタジーは、全く違うもので あ るが故に、両者は融合できると言う事です。いや、既に融合の試みは成 功しており、例えば菊地秀行『魔界都市<新宿>』を舞台にした一連の作品群は、ヒロイック・ファンタジーを指向した世界観構築でありながら、この世の中に ある伝承や伝説を盛 り込み、かつ謎解き的な要素を作り出す事によって、伝奇小説とファンタジーの融合に成功した作品であると言えます。また、近年のライトノベルでは、ライト ノベル創世記の頃からあった異世界ファンタジーの影響か、伝奇小説でもファンタジー的な要素が組み込まれた作品が沢山あります。 因みに現在の伝奇小説には、SF的な要素を多く含むものがあります。これはまあ、半村良、平井和正、夢枕獏、菊地秀行と言った「現代伝奇小説の祖」とい える人たちのほぼ全てがSF出身と言う事から、積極的に或いは無意識のうちに、SFと伝奇小説の融合を図ってきたことで、後続の作家さんたちが、それ を(意識的にか、或いは無意識のうちに)追い求めたことによるもの――と解釈してもいいでしょう。 伝奇小説とファンタジーの違いを表すなら、こう言ったところでしょうか。 ちなみに、奈須きのこ『空の境界』は、これまでの伝奇小説とはかなり離れた位置から出てきた作品です。言ってしまうなら、純粋なファンタジーを源流に持 つ小説であると言えるでしょう。この作品に「新伝綺」というキャッチフレーズ(?)がついているのは、そのためだと思われます。なお、この作品の評価が 真っ二つに分かれているのも、そう言った意味で、ある程度仕方の無いことと言えるでしょう。正統派伝奇小説を期待して「空の境界」を読むと、少々肩透かし を喰らうかも……。 では、最後にTriple-Iお奨めの伝奇小説を幾つか挙げて、それでこの話の締めにしたいと思います。 ○ 竜の柩/高橋克彦 祥伝社文庫全4巻 日本各地に残る『龍』の痕跡を辿っていたTVディレクター九鬼虹人と、虹人率いる番組制作集団『アクトナイン』の面々に、世界的規模を誇る組織が妨害工 作をはじめた。……あらゆる地域の古代史に残る伝説の『龍』の正体とは? ○ 『キマイラ』シリーズ/夢枕獏 朝日ソノラマ ハードカバー8巻(以降続刊) 文庫16巻(以降続刊) 自らの身体が獣人へと変化していく病を背負った二人の少年、大鳳吼と九鬼麗一。二人の獣人化を止める術はあるのか? そして、人間に秘められた究極の可 能性とは? ○ 魔獣狩り/夢枕獏 祥伝社 新書(完全版として再刊)全1巻 文庫全3巻(淫楽、暗黒、鬼哭編)。 丹沢山中で暗黒宗教の儀式を目撃したが故に、恋人久美子を殺され、復讐の鬼となった文成仙吉。高野山に安置されていた空海の即身仏を盗まれ、その行方を 追う天才密教僧美空。そして、美空に雇われた超A級精神ダイバー九門鳳介……彼らの追う空海の『不老不死の秘術』の謎とは? ○ 龍の黙示録/篠田真由美 新書、文庫とも全1巻。シリーズとしては4巻刊行中。 イエス・キリストの血を受けた事で、不老不死の身体を有し、2000年の歴史を生きる吸血鬼、ラハブこと龍緋比古。彼の血を狙う妖魔との凄まじい戦い が、東京を舞台 として繰り広げられる! ○ 妖星伝/半村良 講談社 ハードカバー全7巻、文庫全7巻 祥伝社文庫全3巻。 日本の裏面史に潜む鬼道衆が、自らの盟主外道皇帝と居城黄金城を探し始めたとき、それは起こった……。宇宙人の襲来と、宇宙すらも揺るがす異常事態に、 外道皇帝が地球にこめたメッセージとは? ちなみに、『魔獣狩り』と『妖星伝』には、極めて派手な残虐シーンやセックス描写などありますので、その点は注意してください。 |